丸井今井札幌本店150周年
×札幌三越90周年

歴史物語

北海道の皆さまに愛され、
歴史を刻んできた2つの百貨店、
丸井今井札幌本店、札幌三越。
それぞれが、
「北国の暮らしに豊かさと文化を」
と願い、
互いに切磋琢磨した時代を経て、
ともに歩む現在に至るまで、
いま一度、その足跡をたどります。

北海道発展の歴史とともに歩んだ
2つの百貨店

1872年(明治5年) 丸井今井創業

5月、今井藤七が現在の札幌市中央区、創成川沿いに建つかやぶきの家屋で、生活用品中心の小間物店を創業しました。これが、丸井今井札幌本店の原点です。創業者の今井藤七は、1849年に新潟県三条市で米問屋の三男として生まれました。早くに家を出た長男・次男に代わって、家業を手伝っていた藤七は、明治維新の時代に北海道開拓の話を聞き、希望の大地への夢を膨らませたといいます。「良品廉売」を掲げて話題になった藤七の店は、大いに繁盛しましたが、「商売は、自分だけのためにあるものではなく、人のためになるものでなければ」という信念のもと、良い品物をなるべく安く売る方針を取りました。

今井藤七

1874年(明治7年) 今井呉服店開店

現在の札幌市中央区南1条西1丁目に「今井呉服店」を開店。1879(明治12)年、北海道で初めて、全商品掛け値なしの「正札販売*」に踏み切り、話題を呼びました。当時はまだ簡単ではなかった、東京や大阪からの直接仕入れることにより、価格を抑えた商品を販売。この頃、お客さまから親しみを込めて「まるいさん」と呼ばれるようになりました。これも、利益だけを追求せず、お客さまのために商いを行う姿勢が伝わったことの表れです。
「良品廉売」「北海道開拓への貢献」を二大方針とし、地場産業育成と文化醸成のため、さまざまな業種や教育基金などへの出資・寄付を行い、災害対策への寄与にも力を入れました。
*「正札販売」…正しい値段を書いて商品につけた札を正札、正札を用いて商品を販売することを正札販売という

1888年(明治21年) 丸井今井洋物店を開業

南1条西2丁目(現在の店舗がある一角)に呉服以外を分離し「丸井今井洋物店」を開業。欧米式開拓方式がとられた北海道で、高まる洋品雑貨の需要に応えました。1891年(明治24年)には、民間企業の電力事業のはじまりと同時に店内照明を電灯に切り替えました。

1916年(大正5年) 丸井今井百貨店 誕生

百貨店「丸井今井百貨店」開店。レンガ及び石材構造3階建て、呉服・洋物を一堂に取りそろえる百貨店が誕生しました。当時は珍しかった、デパート最上階の食堂や催事場を設け、大きな話題に。また、この時、初めて女性社員を採用しました。
1923(大正12)年、関東大震災が発生。取引のある東京の問屋再興に尽力するとともに丸井今井各店から救護隊を派遣し、道出身者の救難にあたりました。

1926年(大正15年) 新築店舗(現 一条館) 完成

1924年(大正13年)による店舗火災から、復興。地下1階・地上5階の新築店舗完成。品ぞろえは、家具・家庭用品・楽器・玩具・時計貴金属にも広がり、当時日本では最初であろう美容室の導入も行いました。また屋上には遊園地を設置。猿、カワウソ、ペリカン等も飼われていた。また当時として珍しい店内有線放送や北海道初の客用エレベーター設置も話題になりました。

1930年(昭和5年) 世界恐慌、札幌も大打撃

1931年(昭和6年)までの2年間、札幌は農作恐慌・水害などに見舞われ、経済は大きな打撃を受けます。

1932年(昭和7年) 最大のライバル 三越札幌支店 登場

三越札幌店の開店を受け、「競争は発展の母」とし「良品廉売」を徹底、また「お客さまに徹底的なサービスを」という方針のもと、商品の品揃えや食堂を従来の3倍に拡張するなど、サービスをさらに充実。道産品の催事の積極的展開を図るなど、従業員が一丸となって奮闘しました。

1937年(昭和12年) 札幌本店大増改築 航空燈台の設置

7階建ての店舗大改築の際に、屋上に航空燈台を設置し、定期航空夜間飛行の札幌指標となっていました。航空燈台は旧札幌飛行場(現在の北24条西8丁目)が昭和10年に完成しやがて国内敵飛行開始を目前に控え、逓信省から屋上に要請があり設置。当時旅行者も夜間外出して方角わからなくなり、航空燈台を頼りに帰ったという話もありますが、夜間にくっきり輝く燈台は街のいち偉観でもありました。

1942年(昭和17年) 衣料品が消える

1941年(昭和16年)の太平洋戦争開戦後、販売品目により地域指定販売が決められ、繊維製品は三越札幌店の販売となり、丸井今井から一切の衣料品が消えました。

1945年(昭和20年) 復興へ向けて

終戦。復興への歩みが始まります。

1673年(延宝元年) 越後屋 創業

三井高利が江戸本町1丁目に呉服店「越後屋」を創業。店頭現銀売りを始めました。その後、「三井呉服店」となりました。

駿河町越後屋図 奥村政信・画

三井高利画像

1683年(天和3年) 世界初の正札販売を実践

「店前現銀無掛値(みせさきげんぎんかけねなし)」のスローガンを掲げ、当時は珍しかった「正札販売」を実践。富裕層だけのものだった呉服を、広く一般市民のものにしました。

1904年(明治37年) 日本初の百貨店 誕生

「株式会社三越呉服店」設立。初代専務に日比翁助が就任し、「デパートメントストア宣言」で、日本初の百貨店誕生。この頃、東京から札幌への「出張販売」を開始。時計や傘、ショール、草履などが人気を博しました。以後、30年ほど継続しています。

日比翁助

1914年(大正3年) 三越本店 新館完成

ルネッサンス式5階建新館落成と同時にライオン像や日本初のエスカレーターが設置されました。百獣の王、ライオン像には、三越が「商いの王者」になろうとする気持ちが込められています。
※三越本店 新館=現在の日本橋三越本店本館の元になった建物。

1923年(大正12年) 関東大震災 復興に貢献

関東大震災。東京都内8ケ所にマーケットを設置し、復興に貢献しました。

1932年(昭和7年) 三越札幌支店 開店

「三越札幌支店」開店。地下2階・地上6階建てのデパートが誕生しました。物品の販売だけでなく、東京大博覧会の開催をはじめ、理美容・贈答品相談所や、三越ホールなど、それまで北海道の百貨店にはなかったサービスの提供も、当時大きな話題に。美術工芸品の展示など、文化的な活動にも心血を注ぎました。当時、三越札幌支店の開業は、「北海道の文化を10年進めた」と評されるほど、北海道経済ばかりでなく文化的発展にも大きな影響を及ぼしたと言われています。
また、道産リンゴの品評会や品種改良の促進、当時は行われていなかったメロンの耕作を推奨し食堂で提供するなど、北海道の農業のブランド化にも寄与しました。

1935年(昭和10年) ファッション改革

着物が主流の時代、店内にファッションデザイナーを常駐させ、オーダー婦人服の受注を開始。

1942年(昭和17年) ”切符がなければ”衣料品が買えなくなる

1941年(昭和16年)太平洋戦争開戦。その後、1942年(昭和17年)は衣料品切符制実施。戦争のため統制品になった衣料品など少ない物資を公平に分配する目的で2月に施行され、切符がなければ『買うことも』『売ることも』できない『配給生活時代』をむかえます。その後、三越札幌支店は札幌市の「中央本府指定総合配給所」となり、衣料品を買える希少な店となります。

1945年(昭和20年) 豊平館の仮店舗から復興へ歩み出す

終戦。三越札幌支店全館が進駐軍により接収されました(1947年10月まで)。その間、北1条西1丁目にあった豊平館を仮店舗として営業。